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中小企業で働くワーキングマザーの日常

働きながら第二子を考えて、産んでみて。~妊娠から出産まで~

もうすぐ第二子が1歳になる。正直、一人目とは「一歳の誕生日」への思い入れが違うのは事実。でも、一方で第二子は生後3カ月から職場復帰していること、夫がすでに育児の戦力化されていたことなどから、違う意味での思い入れは強い。それは、本人はもちろんのこと、上の子や私たち夫婦が「よくぞ、ここまで頑張ってきた」ということだ。これを機会に記録的にもこの1年を振り返ってみたいと思う。

 

 

2人目を考え始められるようになるまで

我が家の第一子(娘)は夜泣きのスペシャリストだった。一番ひどかったのは1歳~1歳半ぐらいのころで、娘は毎日ギャン泣きで飛び起きていた。ひどいときは夜中にギャンギャン泣く娘を抱いて外に出たものの(我が家はマンションなので近所迷惑を考えて近くの公園で落ち着くまで抱いていた)、あまりの泣き声に夫が追いかけてきたこともあるほどだ。そんな訳だから夫婦ともに寝不足で、子どもの体調不良はもれなく自分もいただく…という悪循環。正直、もともと子どもが大好きという訳でもなかったし、ご多聞に漏れず、子育てが思ったよりも大変だったので夫婦ともに第二子を考えることができなかった。いや、もう一人っ子かね、という気持ちだった。

ようやく夜泣きが2-3日に1回、あれ?そういえば今週泣いてないね…となったのは2歳半を過ぎて、言葉でコミュニケーションが取れるようになった頃だった。どうも娘の場合の夜泣きは日中起こるコミュニケーションの祖語やストレスが溜まってというものだったようだ。

そんな訳で、ようやく夜ゆっくり眠れるようになり、身体が格段に楽になった。同時に年齢相応に身支度ができるようになってきたことも幸いし、夫婦で「2人目も…」となったのである。2人目を望んだのは、お互いに兄弟がいて良かったということもあるが、夫の唯一の兄弟が生涯独身を貫く宣言をしており、娘にかかる将来的な負担も気になったのは正直なところだ。

 

腰痛に悩まされ、夫に支えられた妊娠中

ありがたいことに、第二子を考え始めてわりとすぐに授かることができた。本当は4学年差で…と思ったが、思ったよりも早かったので早生まれの三学年差となった。

妊娠中は4カ月頃から持病の腰痛が悪化し、1カ月ぐらい寝たきりとなり、職場に大変迷惑をかけた。娘の抱っこももちろんできなかったので、赤ちゃん返りというか甘えやイヤイヤが再燃し、担任の先生に相談したりもした。腰痛で動けないときには、保育時間も融通していただき、保育園がなかったら第二子妊娠は乗り越えられなかった。当時の担任の先生には、今でも頭が上がらない。その後、違う園に異動されたのだが、我が子もいまだに大好きな先生と言っている。

この時期、夫は腰が痛くて満員電車に乗れない私のために、朝車で職場まで送ってくれたり、上の子の面倒を一手に引き受けてくれたり、とにかく「妊娠する」ということ以外のすべてを文句も言わずに請け負ってくれた。本人は相当大変だったと思うが、「マンマ(私)の方がつらいから。妊娠だけは代わってあげられないし」と言ってくれたのは、今でも忘れられない。

 

仕事をどうしたか

妊娠経過自体は非常に良好だったが、腰痛や上の子の不安定など、たくさんの人に支えてもらってどうにか過ごした10カ月だった。腰痛は鍼やマッサージに通いまくり、6カ月頃には不思議と治ったので、産前6週までみっちりと働いていた。

実は職場には第二子を考えはじめたころから、「次の春ぐらいには…」みたいな話をしていた。これは上司との信頼関係があったから、というのもあるが、会社としてはやっぱりありがたい話。こういうことは上司側からは聞きづらいので、言ってあげると喜ばれたりするのは事実だ。(聞きたいけど…というお悩みをよく聞く)もちろん妊娠はどうなるか分からないということも上司がきちんと理解している、というのが条件だと思うが。

そして、予定日が分かった時点で夫と話し合い、生後3カ月で復帰したいという点も伝えた。もちろん「母子ともに健康だった場合」だけど。周囲には驚かれたが、保育園激戦区(4月以外の入園が絶望的)ということ、第二子ということ、仕事が好きということなど、色々と理由もあり、最終的には歓迎された。そして、第二子ということもあり、産後の働き方についてもイメージし、事前になんとなく話し合っておいた。このあたりの余裕はやはり第一子のときにはまったくなかったものだ。

 

やっぱり立ち会いは叶わず…

第二子の出産で問題になるのが、産前産後の上の子の世話だ。我が家は普段から夫が朝の送り&定時帰りをしているため、産む前後は問題なくこなせる。しかし、里帰り出産でもなかったので、出産時に「立ち会いたい」となると非常に難しかった。(夫は第一子同様にぜひ立ち会いたいという希望だった&病院は感染症対策で子連れ禁止)私たちの予定では、陣痛⇒すぐ実家に連絡(自宅から1時間強)⇒祖父母が来たら娘を託して夫が病院へ、というスケジュールだった。

ところが、残念ながらこの計画は叶わなかった。なぜなら、陣痛がきたのが明け方の3時頃。とりあえず実家に連絡するも、4人目の孫となると祖父母はソワソワと待っているわけもなく(笑)、当然寝ていた。そして、私のお産は家系的にとてもスピーディーなのだ。結局、夫は自宅で眠る娘の横で眠れない夜を過ごし、7時過ぎには「産みました」という私のラインを見る…という寂しい結末だった。

私はというと、2回目のお産ということや、子が大きかったこと以外には安産だったので、あまり夫がいなくても気にならなかった。むしろ、助産師さんが分娩室の外にさえ誰も来ていないことにハラハラしていたようだ。

入院中はいつも通り、8時預け・18時お迎えで生活を回しており、もちろんご飯も作れるので、私はのんびりと入院ライフを満喫したのだった。このときほど、夫がなんでもこなせることに感謝したことはない。よく子どもは2人欲しいが、夫の協力は諦めている人がいるが、私だったら無理だと思う。

 

なんだか思い出して書いていたら、長くなったので、2人育児で共働きを1年やってみてのことはまた次回に。。

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